詐欺電話の特徴

どこで調べたか、ショートメールでインフラ業者装い070で焦らすセリフで煽り発信してくる。番号をネットで調べるとほぼ怪しい、自分で登録した番号以外のものでこの条件のは詐欺電話と思ってまちがいない。自分はすぐ着信拒否にするが、ペナルティを課す仕組みがないと無くならない。迷惑な限りだ。

リハビリで効果を出せたもの

障害の状況にもよると思いますが、自分は最初の脳梗塞の時ある程度動ける段階で、痙縮の影響で緊張が入りやすくよくクローヌスをおこしており、分離運動が難しく部分的に脱力することが難しかった。手足をブラブラすることなど、その時プールを利用することで、気がついたら、分離運動ができるようになっていた。これができるようになってからランニングマシーンで走れるようになった。前段階で縄跳びが可能になり、スキップもできるまで回復していた。もちろんストレッチは欠かさず可動域は緊張で強張らないように注意した。エルゴメーターもよく使った。

EMSによる筋肉への電気刺激も効果あると思います。

少し経過してしまっている場合TMS治療(脳への電気刺激)をしながらリハビリやHALなども利用しても良いのではないでしょうか。梗塞は、3年の再発リスクが高く回数を重ねるほど症状が複雑化するので早い段階で出来うる限りのリハビリを勧めます。

伝えるのが難しい眩暈の変化

眩暈が最初に発症したのが、最初の脳梗塞の回復期のリハビリ病院を退院して半年もしないうちに発症しました。リハビリは順調で放線冠の損失で左半身麻痺でしたが、走ったり泳ぐことが可能な程度まで回復していたので、眩暈を謳う病院は片端から診てもらいましたが、結局。耳鼻咽喉科、循環器、脳神経外科、脳神経内科どこでも所見なし、痙縮など当たり障りのない診断しかでず、1年半ぐらい経った頃転倒して、背骨の圧迫骨折。その時、多発性硬化症の疑いで検査入院しましたが、違うとの診断となる。

その時の浮遊性眩暈の症状が手漕ぎボート上に立ち上がった時のような感覚。

その後、2度目の脳梗塞で内包後脚を損傷、麻痺は重なったので酷くなったが眩暈はあまり変わらなかった。このリハビリも順調に終了して半年経過したころからドランポリンの上を歩くような感覚になってきた。更に半年経過後コロナに罹患し後遺症で複視を発症。この期間食事がとれず、5kg減と筋力低下でフレイル状態に至る。この頃になるとトランポリンの上歩く程度ではなく足の踏ん張りが効かず体幹が旋回して落ちる感覚例えると飛行機がキリモミ状態になって制御不能に陥ったような感覚.かろうじて姿勢を保つも代償動作によるひづみで体のそこら中が張るようになった。

言葉で説明しても体感していない相手だと理解は得にくい。

 

 

労働人口が減る中、障害者や高齢者など体が、不自由でも頭が働き働く意欲がある人の活路夢想

体が不自由でもそれを補完できれば、まだ社会活動に参加できる人はいるとおもいます。

高齢で不自由な方は、年齢なりの経験体験をお持ちであり、歴史の生き証人である。

年齢的に若くて障害により不自由な方は、社会参加から遠ざけれている可能性があり

責任や自信を持てる仕事が出来る環境さえ整えば、健常者より頑張れるのではないだろうか。

ハンデは、時として反骨精神となりモチベーションに繋がる。

今まさに、AIを使いこなし、ハンデを克服できれば、どの年代でも戦力外だった人が水を得た魚のように活力を得ることを創造してやみません。

個々では難しくても社会全体で自他共栄を目指せば、可能ではとの思いが湧いて来ます。

複視も発症し半身麻痺で眩暈持ちですが、目覚ましい近年の技術革新に自己放棄せず。期待と希望で日々妄想しています。

障害者のジレンマ

障害持って

困ったこと収入を得る手段が極端に少ない。

特に就労!始めの頃は、障害者枠でのを目指したが、半身麻痺の上、眩暈もあるので通勤しないリモートで探したが、全くといって見つからず。リモートワークもコロナでかなり普及したのではと思っていたが、完全に当てが外れました。

元々はプログラマーでWEB制作で自営していたが、狭心症で入院を機に廃業し住宅営業をしていた経緯もあり10年近くのブランクの為か全く見つけられずハローワークの障害者のためのリモートワーク講座を受けて再度、試みたがやはり駄目で、就労支援B型でリモートを選択することになる。

障害年金、障害級数介護保険など障害福祉関係に連絡し受けれるサービスは利用した。

頭は動くが身体がついてこない。

ダイバーシティインクルージョンは声高に言われていて

WEBアクセシビリティも法改正されても実態はこの程度。

障害者は、体調維持が難しいので雇用側も慎重になるのもわかる。

障害者の労働報酬的な雇用形態には無理がある。

容易に成果物を著作物として出品できる社会基盤がなければ、自立は厳しい。

b.hatena.ne.jp

 

障害者も就労の難しさ

最初に起こした脳梗塞では、社会復帰(当時の会社に戻り業務を継続)しましたが、後遺症が顕在化して、会社を辞める決意をして、その後の生活の為障害者年金の手続きをし認定されるまで約1年。社会保険労務士を仲介せずにやったので要領が悪かった。その間に検査入院などもあり、辞職届けを出すまでには確定できた。

退職まで障害者枠のリモートワークを探すも見つからず。ハローワークのリモートワークで就業するための訓練を受講。全く就職には役に立たなかった。結局1年後に就労支援B型で工賃で働く方法を選択した。唯一リモートワークが出来る方法だった。

デジタルデバイスがある程度、人間の損失機能補完できるので、操作スキルを有した人材は、自治体が積極的に助成すれば、まだ活用できる人間は埋もれている。

メタバースアバタータレントとして障害も個性とし多様なフィールドをバックボーンに持っている人を活用できない行政は陳腐化していく。少子高齢化労働人口が減少し財源が減少していることを嘆くより働く意志のある人を上手に活用すれば、単純な人口分布では見込めない人材がいると思えます。これぞダイバーシティインクルージョン

障害者も運動機能は失われても人間ならでは判断できる能力があれば、健常者まではいかなくても業務よっては使えるでしょう。

梗塞後のリハビリへの体験と感覚

2回の脳梗塞による入院体験から発症後の状況や損傷部位にもよりますが、ある程度の回復は可能だと思います。実際1度目は右放線冠アテローム梗塞で小指大の損失でしたが、180日後の退院時は、走る、泳ぐ、縄跳びを出来るまでにんれました。

これは急性期と回復期のメンタルと取り組みが大きいと考えています。今の医療では180日以降の回復は、変化が見込めないと日数を切っていますが、それは、間違いだと思います。自分の場合は、後遺症で眩暈が出てきて診断つかずに転倒して背骨の圧迫骨折をして、その後に右脳内包後脚のラクナ梗塞で入院し2回めの急性期、回復期を経験しました。錐体路を繰り返して発症しているため、麻痺側の随意運動は、以前より症状重く麻痺側の外転、緊張に背骨の回旋も難しくなり姿勢維持が難しく右腰に代償動作の負担がかかる状態です。運動麻痺だけにとどまらず、高次機能障害の範囲を徐々に悪化傾向です、いずれ自分で思考や判断できなくなるのではと心配しています。

動くのは、しんどいですが、極力動くこと、会話することを心がけています。

少し話を戻しますが、放線冠を損傷した時は、仕事に復帰することのみ考えており。体が覚えているうちに麻痺側の動きを使える神経で代償することを考え色々運動してみました。ストレッチや湯船も入れる時は必ず入り可動域を確保しました。急性期の病院でやらされた、ヨガのポーズは急制動はないですが、効果があったように思えます。回復期の病院は、体幹を集中的に鍛えたので、走る泳ぐが出来るまでになれたと思います。また、運動量と負荷を増やせば、筋肉疲労と乳酸が溜まりクローヌスを頻発していたのでクエン酸とHMBを病院食以外に摂取していました。今であれば、HALやEMSあるいは、TMSなどの治療を併用すれば、効果出し安いのでは、ないか?筋肉へアプローチなら加圧などもためしたい。

自分の場合は分離運動はプールで改善されました。色々な運動方法は試せる限り試すべきだと思います。

2回の梗塞の後、コロナに罹患し、運動ではなく、1月で体重5kg減少と複視を発症。

ふらつきも酷くなり、フレイルのようになって病院でリハビリをしている中でTMS治療施術しながらリハビリをする方法を知り受けてみた。何度も受診する人もいるようだが、磁気刺激で促通を促しリハビリ効果を出すものと思っていたが、急性期のような、回復はなかった。効果は残念ながら、よくわからなかった。

自分は、経験からまだ諦めてはいない。何か手立てはあるのではと思っています。